ニュースリリース

2026/3/22

法務省「再審制度見直し試案」に対する声明(全国医師連盟理事会声明)

2026年3月22日 全国医師連盟理事会

はじめに

 全国医師連盟理事会は、法制審議会において法務省が提示した再審制度見直し試案について、深い懸念を表明する。

 医師は、日常的に身体・生命・人権に関わる職務を担う者として、国家による人権侵害の是正制度の後退に対して沈黙することはできない。冤罪とは、国家刑罰権の誤った行使により、個人の生命・身体・自由が侵害された状態にほかならない。その救済制度の実質的な後退は、医療倫理が重視する「人の尊厳の擁護」と相容れない。

再審制度の意義

 再審制度は、国家刑罰権の行使に重大な誤りがあった場合にそれを是正するための、最後の救済手段である。とりわけ、長期にわたり自由を奪われ、社会的信用や生活基盤を失った冤罪被害者にとって、再審は憲法上の人権保障の実質化そのものである。本来、制度見直しは「救済の迅速化と実効性の確保」を目的とすべきであり、決して救済の門戸を狭める方向であってはならない。

 しかし、今回の試案は、以下の点で重大な問題を含んでいる。

問題点

1.「スクリーニング」導入による門前払いの危険

 試案は、再審請求について裁判所が事前に選別し、「理由がないことが明らか」であれば棄却するとする手続きを新設する。

 しかし、「理由がないことが明らか」とは何を指すのか、その基準は具体的に示されていない。意見聴取すらなされないまま迅速に棄却される運用がなされれば、再審請求権そのものが形骸化するおそれがある。

 そもそも、再審請求は、正式な手続の中で審理されてはじめて公正な判断が可能となるものである。再審請求権は、憲法上の人身の自由(第31条・第34条)の実質的保障に直結する権利であり、その性質上、事前の簡易却下になじまない。「明らか」という文言が民事・刑事手続の他の場面にも存在するとはいえ、冤罪被害者の救済に関わる局面においては、より厳格な手続保障が求められることは言うまでもない。

2.証拠開示を例外化する構造

 試案は、「再審請求の理由に関連すると認められる証拠」であり、「必要性と弊害を考慮して相当と認めるとき」に開示するとしている。

 しかし、この構造は、開示を原則とせず、あくまで例外的措置とする発想に立脚している。冤罪事件では、過去に未開示証拠の存在が無罪判決の決定打となった例が少なくない。

 証拠開示は、原則であるべきであり、例外であってはならない。

 その根拠は明確である。無実の者が有罪判決を受けた可能性がある以上、国家が保持する証拠への平等なアクセスは、実質的な武器対等原則(due process)の要請である。検察官が保有する証拠は、本来、真実発見のために収集されたものであり、それへのアクセスを被告人側に制限することは、訴追側が構造的に優位に立つことを制度として固定化することにほかならない。

3.検察官の不服申し立て禁止を盛り込まなかった点

 再審開始決定に対する検察官の不服申し立てを禁止しなかったことは、極めて重大である。

 再審開始決定後も争いが継続されることにより、救済はさらに長期化する。長年にわたり拘禁や社会的制裁を受けた者に、さらなる時間的・精神的負担を強いる制度設計は、人権保障の理念に反する。とりわけ、冤罪被害者の高齢化が進む中、迅速な救済は喫緊の課題である。

 理論的観点からも、再審開始決定は、裁判所が一定の司法的審査を経た上で「再審に付すべき蓋然性がある」と判断した結果である。その判断に対してさらに検察官が争うことを許容することは、終局的な司法判断に向かう手続の確定性を損ない、救済の最終段階に新たな障壁を設けることに等しい。

 比較法的にも、ドイツをはじめとする諸外国の再審制度においては、再審開始決定後の検察官による不服申し立てを制限する立法例が存在する。わが国においても、こうした国際的潮流に沿った制度設計が求められる。

4.開示証拠の「目的外使用」禁止と刑事罰導入の重大な問題

 試案は、再審手続において開示された証拠を、再審請求手続やその後の裁判以外の目的で使用することを禁止し、違反した場合に刑事罰を科すとしている。

 しかし、この規定は、再審制度の本質に照らして極めて重大な問題を孕んでいる。

 過去の冤罪事件においては、新たに開示された証拠を弁護団が社会に示し、記者会見や支援集会、報道機関への情報提供を通じて問題の所在を明らかにしてきた経緯がある。社会的検証と世論の喚起は、閉ざされた手続の中だけでは是正されにくい誤判を動かす大きな力となってきた。

 ところが、本試案のように目的外使用を広く禁止し、刑事罰まで設ければ、弁護活動や公益的な問題提起が萎縮することは避けられない。支援者や報道機関と共有する行為すら処罰対象となる可能性が生じれば、実質的に情報公開を封じる効果を持つ。

憲 法上の観点からも、この規定は重大な問題をはらむ。開示証拠に関する言論・情報の共有を刑事罰によって規制することは、表現の自由(憲法第21条)との緊張関係を生じさせる。また、弁護人が支援者・報道機関と連携しながら冤罪救済を図る活動を処罰対象とすることは、弁護人依頼権(憲法第37条第3項)の実質的保障を損なうおそれがある。さらに、制裁の内容・範囲が不明確なまま刑事罰を導入することは、適正手続の保障(憲法第31条)の観点からも問題である。

 再審制度は、国家による誤りを是正するための制度である。にもかかわらず、その是正に不可欠な透明性と社会的監視を刑罰によって抑制することは、本末転倒である。

結語

全国医師連盟理事会は、以下を強く求める。

1. 証拠開示の原則化
2. 再審開始決定に対する検察官の不服申し立ての禁止
3. 恣意的運用を許さない、明確かつ厳格な手続保障
4. 開示証拠の「目的外使用」禁止規定および刑事罰条項の削除

 冤罪は、個人の悲劇であると同時に、国家による重大な人権侵害である。その救済制度を後退させるいかなる改正にも、私たちは強く反対する。

以上。