地域医療を自壊させないために、
医療従事者をバーンアウトさせない「交替制勤務の義務化」の実現に向け、
人材ベースの「持続可能な医療提供体制」の構築を。
【提言の骨子】
新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)が終息した後を見据え、医療提供体制の再構築が必要である。今回、大きな負担を強いられた医療機関に対して継続可能な診療環境を整備すること、すなわち、医療資源(ヒト:人材、モノ:施設・設備、カネ:財源)の整備が行政の急務であることは、誰の目にも明らかである。また、限りある医療資源を効率良く活用するための制度(ルール)の整備も必要不可欠である。
現在進行形のCOVID-19への対応と並行して、COVID-19終息後の医療提供体制の立て直しを図るために、政府は以下の点を取組むべきであると、我々全国医師連盟は提言する。
1:ヒト | ① 安全な医療提供が可能な人員配置。 ② 長時間労働による心身の摩耗によるバーンアウトの防止。 |
2:モノ・カネ | ③ 急性期医療機関の集約化。 ④ 必要な人件費や設備投資・整備 and/or 維持が可能な診療報酬の設定。 |
3:ルール | ⑤ 必要かつ適法な人員配置を可能とする医療圏を設定する。 ⑥ ⑤で設定した医療圏ごとの医療計画の立案。 ⑦ 問題のある労働環境にある医療機関の摘発、改善命令。 |
【前文】
日本でもCOVID-19が昨年から蔓延し、国民に多くの健康被害を与えた。同時に、経済停滞の原因となった。まさしく「国難」と言える状況である。
COVID-19は今現在も大きな問題として報道されている。感染者数が他国よりも二桁少ないにも関わらず、患者受け入れ能力の不足に対する報道が増え、現在の日本の医療提供体制に問題があると指摘している。
我々全国医師連盟は、日本の急性期医療が「需要と供給の不均衡状態」であることをかねてより指摘し続けてきた。図らずも、COVID-19の蔓延が我々の指摘していた問題を明らかにした。
(医療崩壊を定義 – 「日常」を前提とした需給バランスの崩壊)
日本のこれまでの急性期医療提供体制は、地域医療計画で策定された医療圏構想を基としてきた。この医療圏構想下では、2次救急医療を担う中小民間病院の役割は大きく、地域中核病院と協力して地域医療を支えてきた。国がこうした急性期医療体制を敷きながら、財務省は医療費および医師数を抑制した。このため、零細病院の就労環境が悪化したにもかかわらず、労働基準法(以下、労基法)無視の医師配置という現状に対する是正を国は怠った。そこに今回のCOVID-19の対応という負荷が加わり、多くの医療機関、医療従事者が悲鳴を上げている。
労基法違反の医師配置という問題を解消するよう、厚生労働省の方々や国会議員に何度も陳情してきた。その誰もが問題として把握しながら、「誰かがしないとダメなこと」「仕方がないこと」と放置してきた。現在、詳細が詰められている「医師の働き方改革」も、過労死ラインの時間外労働を前提とする「常軌を逸した議論」が容認されている。医師の過労死や医療事故が報道されても、それすら仕方ないと許容している状況である。
このような状況であるからこそ、今後の医療提供体制に「持続性」を確保すべく、全国医師連盟は3つのテーマで提言する。
【提言1:ヒト】
① 安全な医療提供が可能な人員配置
② 長時間労働による心身の摩耗によるバーンアウトの防止
「Essential worker」という言葉がある。我々の社会を維持するために不可欠な労働者を指す言葉である。医療機関はその建物や設備に多大な投資が必要である。しかし、それを有機的に活用するためには、医療従事者が不可欠である。社会インフラとしての医療を維持するために、医療従事者は須らく「essential worker」である。昨年春頃から、世界各地で医療従事者に感謝する取組がなされた。これは、医療従事者が「essential worker」であり、かつその必要性を多くの国民が理解している証左と言える。
「感染症診療中の感染リスク」というストレス下での勤務は、医療従事者の心身に大きな負担をかけている。元々、我が国の医療機関の施設基準は、それを満たしていても勤務医に過労死水準の労働を要求している。すなわち、今回のような予期せぬ大規模新興感染症への対応を念頭に置いていない。現在の医療現場は、(1)元々ギリギリの人員で対応していた、(2)さらに負担が掛かる新興感染症治療が加わり、(3)しかも先が見えない、という三重苦の状態である。
そして、COVID-19診療が長期化の様相を呈している。しかし、国は設備整備を応援するのみで、長時間労働解消に有効な施策を講じなかった。政府は「医療従事者の頑張り」だけを柱にCOVID-19を乗り切ろうとしている。その結果、十分な交替要員がいない中、心身の限界に達した医療従事者が臨床現場から一人、二人と離れ始め、残った医療従事者の消耗をさらに早める悪循環が形成されている。現状のままでは、そう遠くない未来にスタッフの大量離職から縮小を余儀なくされる医療機関が出現することもあるだろう。自衛隊員を予備戦力として医療機関に派遣をしている現状は、抜本的な対応策ではない。
政府は、非常時の医療提供体制を迅速に構築可能とするために、医療機関を再編しなければならない。実働する医療従事者数に余裕があると思われてきた東京都や大阪府といった大都市圏ですら、COVID-19対応病床を増やしても、運用するスタッフが不足している。
これまで、我々全国医師連盟は、現場医療者の使命感を頼りとした診療体制を是正するように、多くの国会議員に要請してきたが、「医師の過重労働の問題は承知している。何か対策があるなら教えて欲しい」といった回答が多かった。
我々の解答は非常に明快である。「現有のマンパワー」でどのような対応が可能か?という問いに置き換えることである。我々全国医師連盟は、医療機関(特に急性期病院)を集約化させることでマンパワーを集結し、人員に余裕を持たせた勤務体制を確立させることが解答であると訴え続けてきた。特にCOVID-19診療と通常の急性期医療を並立させるためには、基幹病院の大型化が必須である。
誰もが予期しえないCOVID-19の流行が医療提供体制を圧迫した今だからこそ、政府がリーダーシップを取り、持続可能な医療提供体制を確立するよう、その第一歩に取り組むべきである。
【提言2:モノ・カネ】
③ 急性期医療機関の集約化
④ 必要な人件費や設備投資・整備が可能な診療報酬の設定
日本の病院の多くは中小零細であり、人員に余裕のある医療現場はない。世界有数の病院数を誇る我が国では、医師をはじめとした医療従事者を薄く広く病院に張り付けるしかなく、平時から余力のない状況を常態化させてきた。しかも、この弾力性のない人員配置を政府はヨシとしてきた。
現政府の基本方針は「地域住民数を基にして地域の病床数を決める医療計画」である。医療従事者を薄く広く配置する現在の医療計画のままでは、この非常時の医療を提供することは極めて困難である。人材補充が難しい地方の医療機関から、医療提供体制は崩壊していく。次に地方都市、最後に大都市圏の医療提供体制が機能不全に陥っていく。
であれば、人員を集約化する対応こそ、今、求められている。急性期医療機関の集約化と大規模化は、持続可能な医療機関を構築する。急性期医療機関の集約化・大規模化とは、総ての診療科に10~20名程度の勤務医を揃えることから始まる。これだけの勤務医が在籍することで交替制勤務が可能になる。そして、24時間365日入院・手術応需可能な医療体制を構築できる。COVID-19の診療についても同様である。次の勤務までに十分な休養時間を確保することは、疲労が誘発する危険な医療を回避するために不可欠である。安全な医療は全国民共通の願いである。
そして、交替制勤務を導入した医療機関には、必要な人件費や設備投資が可能な診療報酬を設定する必要がある。
【提言3:ルール】
⑤ 必要かつ適法な人員配置を可能とする医療圏を設定する。
⑥ ⑤で設定した医療圏ごとの医療計画の立案。
⑦ 問題のある労働環境にある医療機関の摘発、改善命令。
病床削減のための議論として始まった地域医療構想も、COVID-19の蔓延のために議論が停滞している。今後、地域医療構想の議論では、COVID-19の流行で露呈した人員不足という事実を念頭に、必要な人員配置を設定した医療計画、すなわち、「人材ベース」での医療計画を立案しなければならない。
また、COVID-19の蔓延は感染症病床に転用可能な病床が少ないという問題も露呈させた。地域によっては急性期病院数を削減しても、病床数は削減しないという考えがあっても良い。
急性期診療を担える医療従事者は元々限られている。1つの医療圏だけで急性期疾患の診療を完結できない場合を想定する必要もある。「人材ベース」で医療圏を再編した上で医療計画をたてなければならない。再考した医療圏は広域化を伴うこともあるだろう。その場合、急性期医療期間までのアクセスを整備することも、政府や各自治体は準備しなければならない。
近年、各地の労働基準監督署が大学病院・国公立病院を中心に臨検を行い、多くの是正勧告を出してきてはいる。たが、医療従事者が疲弊により離職したり、過労死する悲劇は後を絶たない。その理由は、労働協約に関する届け出書類をただ受理するだけの行政の対応と、病院管理者の「不適切な労働時間把握」と「時間外賃金未払い」が常態化しているからである。医療現場における、適切な労働条件・環境保持を徹底するために、行政は問題のある労働環境にある医療機関の摘発、改善命令を確実に履行すべきであり、それを可能とする労働基準監督署の人員の見直しも必要と思われる。
【おわりに】
新型インフルエンザ等対策特別措置法が令和3年2月3日に改正された。改正された内容には我々が懸念する点がある。第31条の2、「臨時の医療施設等」の条文である。政府の発想は未だに「箱モノベース」である。非常時においても医療をインフラとして機能できるように、「人材ベース」での医療提供体制を政府は早急に作らなければならない。これは国民の命を守るために必要なことである。充分な議論をしている時間は無い。『人員に余裕のある臨床現場』は無い。できることから一刻も早く着手しなければならない。医療従事者が消耗し尽くしてからでは、医療を再建することは不可能になる。このことを理解した迅速な対応が必要な状況であることを、政府にも立法府にも是非取り上げていただきたい。
臨床現場の崩壊を防ぐには、手厚い人員配置をする医療機関を迅速かつ人為的に作り出すことが、最も効果的な施策である。これまで、病院の再編に後ろ向きであった政府も、医療の持続性確保のために国民を説得し医療機関再編に踏み込むべきである。
第三波のタイミングで医療提供体制を再編しなければ、第四波を乗り越えることはもっと難しくなる。是非とも、全国民の皆様にも現状を広く共有し、一緒に考える機会にできればありがたい。
国会議員の各位におかれましても、様々な課題が山積みの中であることは承知の上で、医療提供の継続性を第一に、本提言を吟味していただければと思う次第である。
参考文献
1.医療崩壊を定義 – 「日常」を前提とした需給バランスの崩壊
「with コロナ」時代の「新しい平時の医療提供体制」の提言
(医療崩壊を定義 – 「日常」を前提とした需給バランスの崩壊)
2.2020/1/26 全医連理事会提言2020
医療の持続性を確保するために必要なことは、都市部での急性期病院の集約化である。
―急性期病院集約化の鍵は、急性期医療を担う勤務医が握っている。―
3.2020/1/26 全医連理事会提言2020
地方では、医療以外のインフラ整備も視野に入れ、医療圏を積極的に再編すべきである。
4.過労死2回分!? 異常すぎる「医師の労働時間」が放置されるワケ
中島 恒夫,医療ガバナンス学会2019.10.7
(過労死2回分!? 異常すぎる「医師の労働時間」が放置されるワケ)
こちらPDFでの提言全文は下記よりダウンロード可能です