はじめに
医療安全を目的とするべき現在の医療事故調査制度は、平成26年6月18日に成立した改正医療法に基づいている。平成27年10月1日の制度施行から、すでに9年が経過した。しかし、制度施行から9年も経過しているにもかかわらず、医療事故の原因を個人に帰する前近代的な「切腹」(責任を負う者を仕立て上げ詰め腹を切らせる)文化が、医療界に未だに残っている。医療事故調査後に記者会見を開く医療機関が後を絶たないが、このような記者会見が立法趣旨に反することを全病院に警鐘する。医療事故調査後の記者会見は、病院設置者・管理者の不勉強に起因するものか、あるいは彼らの責任回避を目指した悪意に基づく行為でしかない。
医療事故調査の目的は、責任追及ではない
WHOドラフトガイドラインで、事故調査には非懲罰性、信頼性(秘匿性)、独立性、専門的分析、適時性、システム指向性、迅速性が求められている。医療事故調査制度の鍵は、「報告すると責められる」という恐怖をすべての医療従事者から拭い去ることである。これを成し得ない限り、真の医療安全を達成することは未来永劫叶わない。厚生労働省も「医療機関が行う医療事故調査制度の方法等」の通知で、「本制度の目的は医療安全の確保であり、個人の責任を追及するためのものではないこと」(平成27年5月8日医政発0508第1号)を通知し、個人の責任を問うことを禁じている。
昨今散見する医療法から逸脱した事故調査では、以下のような問題が見られる。
このような事故調査は、ハザードの抽出と専門的分析に基づく安全性向上を疎外し、医療安全の低下しかもたらさない。正しい事故調査制度は、再発予防策を個人に委ねるのではなく、組織というシステムの変革に指向しなければならない。
記者会見は病院設置者・管理者の経営責任・管理責任放棄宣言の場
なぜ、事故調査後に病院設置者や管理者は記者会見を開くのか? その理由は「自己保身」しかない。彼らは経営責任、管理責任が問われることを恐れている。できるだけ医師個人の医師賠償責任保険での補償を指向していることは想像に難くない。なぜなら、病院賠償責任保険を使えば、損害発生状況やリスクの実態に応じて保険料の割増しがあるからである。また、自分の任期中は波風を立てず、自らの出身大学や医局への影響力を温存したいと考えている病院管理者が存在することも否めない。そのための記者会見によるアピールである。
そもそも、医療機関が謝罪する相手は国民ではなく患者遺族であり、記者会見で謝罪する必要などないはずである。記者会見した結果、医療事故調査制度を理解していないメディアが個人を吊し上げ、刑事司法機関が医療安全を目的とした事故調査に介入することを許し、無関係な病院職員をも巻き込み、他の患者の診療を妨害する負の連鎖を生み出している。
正しい事故調査制度の運用のための4本柱
法に則った医療事故調査制度を運用するためには、以下が必要である。
事故調査の客観的事実を遺族に説明することは重要だが、事故調査は医療安全のためである。救済補償のためではない。日本の救済補償制度の多くは損害保険会社が関わっている。損害保険会社は給付するか否かの基準として、「過失の有無」を非常に重要視している。個人の過失に帰することで、損害保険会社は「不払い」の口実を得ることができる。過失の有無を問うということは、刑事事件であるということである。すなわち、医療事故調査が犯罪捜査に転換されることを意味している。
非常に大事なことなので繰り返して述べるが、厚生労働省も「医療機関が行う医療事故調査制度の方法等」の通知で、「本制度の目的は医療安全の確保であり、個人の責任を追及するためのものではないこと」(平成27年5月8日医政発0508第1号)を通知し、個人の責任を問うことを禁じている。
おわりに
医療事故に関する記者会見に積極的な病院設置者・管理者は、自らの不勉強を羞恥心のかけらもなく晒し、医療安全を毀損していると公言していることを自覚し、猛省していただきたい。
追補
2024年4月に日本から提案された世界初の「消費者事故調査」の国際標準(ISO 5665「消費者事故調査~要求事項とガイダンス」が発行されました。全国医師連盟も本提案に際してお手伝いをさせて頂いております。その内容は別稿でいずれ御紹介させていただきます。